2019年の音楽10枚

『SAITAMA』岡崎体育

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1年ごと、1週間ごと、1日ごとに区切って物事を考えるのが大好きな僕にとって、1年の始まりというのはとても大切。そのスタートを切ったのが岡崎体育『SAITAMA』だった。

 

コミカルな歌詞とグッドメロディでマス向けの音楽を提供していた岡崎体育だが、『SAITAMA』はシリアスとロマンチシズムをかけ合わせたような内容。雑誌のインタビューでも「覚悟」という言葉を度々使っていた。岡崎体育らしからぬ、しかしいつかは世に出さなければいけない作品だったのだと思う。

 

ちなみにタイトルの『SAITAMA』は、半年後(2019年6月)に控えたさいたまスーパーアリーナワンマンを意識してのものだ。かつて歌詞の中で「いつかはさいたまスーパーアリーナで口パクやってやるんだ」と歌った岡崎体育の悲願であり、それを達成した証明にもなる作品と言えよう。

 

そしてさいたまスーパーアリーナの舞台でもやり切った1MC+0DJのスタイル。これを格好いいというのだ。

 

『Now & Then』SHE'S

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リード曲の「Dance With Me」がテレビCMに使われて、SHE'Sの音楽が一層世に広まった2019年。3rdアルバム『Now & Then』はその象徴とも言える作品だ。

 

上述の「Dance With Me」はCM、「Upside Down」はアニメのエンディングテーマ、「歓びの陽」は『モンスト』の大会イメージソング、「The Everglow」はドラマの主題歌。どれも使われ方、聞く人に与える印象は違うが、SHE'Sのポップセンスがあればこそ、なのは間違いない。

 

思えば2019年はポップミュージックが脚光を浴びた1年だった。Official髭男dismが日本中を席巻し、SEKAI NO OWARIサカナクションは久しぶりのアルバムをリリースした。Eveやそらるといったインターネット発のミュージシャンが存在感を示したのも印象深い。

 

超え続けても 立ち止まっても

新しい壁が見えた

 

Upside Down

 

 しかしSHE'Sがポップだけかと言われたらそうではない。

 

ロックとはなにか。

ロックとは敗北と闘争の音楽だ。

1969に早川義夫がリリースした「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」からこの国に植え付けられたしそうだ。

 

ロックはいつだって負けてる。

望遠鏡を担いでいっても2分後に君は来ないし

俺はクズだし確信はない

そしていつまでも続くのかと、吐き捨てて寝転ぶしかない

 

しかし敗北の美学に酔うのではない

2分後に君は来なくても今というほうき星を追いかけるし

不自由と嘆いてる自由がここにある

そしていつの日か輝くのだ、今宵の月のように

 

朽ち果てようと 背を向けはしない

未来に繋いでいく為に

 

Upside Down

  

敗北してもなお、戦うのがロックだ。

その意味においてボーカル・井上竜馬は、この27歳のピアノマンは、このアルバムをもってロックスターの道を歩み始めた。

 

「Blank Envelope」Nulbarich

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音楽を構成する要素として、音、歌詞、メロディ、そしてビートの4つがある。しかしこの国はどうも音、歌詞、メロディの3つばかり意識して、ビートが語られる場面は少ないように思う。

 

Nulbarichはこの世界の音楽の原型であるブラックミュージックのビートを直輸入したような音楽家だ。ブラックミュージックは欧米のR&Bやヒップホップ、ジャズといった多彩な音楽に影響を与えたが、Nulbarichはそのビートになんとも物悲しいブルースを乗せ、そして日本語を織り交ぜた歌詞を乗せた。

 

結果的にブラックミュージックという単語にピンとこない日本人でも馴染む、J-POPが生まれた。テレビで聞く機会の多かった「VOICE」や「Sweet and Sour」に目がいきがちだが、このアルバムの真骨頂は純然たるブルースである「Silent Wonderland」と「Toy Plane」ではなかろうか。

 

『瞬間的シックスセンスあいみょん

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2019年だけでアルバム『瞬間的シックスセンス』をリリースし、さらにシングルも3枚リリースした。2019年の主役と言って、異論を挟める人は少ない。

 

みんなあいみょんのことが大好き。なんで大好きかって、隙だらけだからだ。歌詞も演奏声も歌い方も、どこかに介入の余地があって、みんなが自分の歌にできる。ガチガチにデザインされたサウンドが最近の流行りだけど、それに逆行しているのもまたいい。

 

「瞬間的シックスセンス」には傑作シングルの「満月の夜なら」「マリーゴールド」「今夜このまま」、そしてこの3曲すら超える「あした世界が終わるとしても」、上述の”隙だらけ”を実践したかのような「恋をしたから」…。全12曲のすべてが折り重なり、奇跡的なバランスで名作として光り輝いている。見事だと思う。

 

さらに「ハルノヒ」「真夏の夜の匂いがする」「空の青さを知る人よ」のシングル3枚で次の一手まで提示した。2019年は「瞬間的シックスセンス」を評価するというより、あいみょんという現象を評価したい。

 

『Eye』SEKAI NO OWARI

『Lip』SEKAI NO OWARI

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SEKAI NO OWARIにとって実に4年ぶりのアルバムは2枚同時発売、合わせて26曲というボリュームだった。サザンオールスターズの『KAMAKURA』、尾崎豊の『誕生』、L'Arc~en~Cielの『ark』『ray』、中村一義の『ERA』に匹敵する超大作を生んだこと自体に、まずは最大限の賛辞と、音楽的評価を贈りたい。過去の歴史的傑作が物差しになるくらいのことをSEKAI NO OWARIはやってのけたのだ。

 

『Eye』はダークサイド、『Lip』はポップサイドを描いた作品と言っているが、聞いてみるとそんなに単純な構成ではない。『Eye』にポップを感じることもあれば、その逆もある。

 

この2作品を通してSEKAI NO OWARIが描きたかったのは、ダークとポップの中間点にある、ほんのわずかなグレイゾーンだったのではなかろうか。白か黒かではなく、「白黒はっきり付けない」が答えになることもあるのではないか。そんな2枚のアルバムのラストに当たる「イルミネーション」

 

…そういえば昔にもあったね。ポップとヒップホップの中間点、大衆性と批評性の中間点を射抜いた歴史的傑作、RHYMESTERの『グレイゾーン』という作品が。

 

『aurora arc』BUMP OF CHICKEN

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人々がアルバムというひとつの作品を聞くとき、どういう感覚なのだろうか。僕はずっと、映画を見る感覚だと思っていた。脚本の上に楽曲を配置し、それをバンドが演じるように演奏する。特にBUMP OF CHICKENはその傾向が強かった。

 

しかしこの『aurora arc』は明らかに違う。収録された14曲中12曲がシングルなどなんらかの形で発表されていた楽曲であり、それぞれが独立した個性を持っている。他のバンドならベストアルバムと言ってもなんら問題ない構成だ。

これをBUMP OF CHICKENはオリジナルアルバムと、アルバムとして意味のある作品としてリリースした。

 

きっとこの作品は、前作『Butterflies』からの約3年5ヶ月を克明に映した、ドキュメンタリーなのかもしれない。配信限定シングルとしてリリースされ、ドラマ主題歌にも起用された「アリア」から始まり、「アンサー」「月虹」といったアニメ主題歌、ロッテ創業70周年を記念したテーマソング「新世界」、バンドにとって初のトリプルA面シングルになった「話がしたいよ」「シリウス」「Spica」…。

3年5ヶ月の間に聞いてきた楽曲たちが、完璧な曲順で再生され、3年5ヶ月という時間をより身近なものへ変換している。BUMP OF CHICKENが20年目でたどり着いた新たな発明だと思う。

 

『スターシャンク』Cocco

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裸足で砂利道を歩くような、痛みを伴うザラザラとした音がする。1曲目「花爛」のイントロの瞬間から明らかにそこらへんのポップミュージックとは明らかに違う。

Cocco自身のメロディセンスもさることながら、サウンドプロデューサーとして根岸孝旨が戻ってきたことも大きいのだろう。

 

バンドサウンドとストリングスが大胆に絡み合うことでスケール感は増しながら、Coccoの歌声はより近くに感じられる。未百十で囁かれるような生々しさ。

Coccoという存在、そして喜怒哀楽のどれでもない恐怖という感情と、刹那的な生きてるという実感、そのすべてのリアリティが高まったのが『スターシャンク』というアルバムだ。

 

大人になって

いつの間にかこんなザマで

会えなくなって

でもまだ生きてて

 

フリンジ

 Coccoは前作からの3年間で40歳を迎えた。エレカシ宮本風に言えば40は“人生の午後”だ。Coccoの音楽がさらに冴え渡るのは、死が身近になったこれからなのかもしれない。

 

『COMINATCHA!!』WANIMA

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前作『Everybody!!』から1年9ヶ月ぶりの2ndアルバム。前作の時点で35万枚の記録を打ち出し、すっかり国民的バンドになったWANIMA。こういった人気絶頂のタイミングでアルバムをリリースするのは難しさもあるが、結果的に、この国におけるWANIMAの存在感を見せつける決定打となった。

 

振り返ると1年9ヶ月の間にたくさんのことが起こった。劇場版『ONE PIECE STAMPEDE』の主題歌を担当して、関ジャニ∞に楽曲を提供して、ギターのKO-SHINがMONGOL800のライブにサポートメンバーとして参加したこともあった。メットライフドームでドーム公演も完遂した。『COMINATCHA!!』は激動の季節を締めくくるにふさわしい1枚だった。

 

シンガロングなロック一辺倒なイメージが常に付きまとうWANIMAだが、いやそのイメージも正解なのだが、このアルバムを聞くと決して一辺倒ではないことがよく分かる。「夏のどこかへ」では“言葉や思いが全部 間違わずに届きますように”とちょっとした祈りを込め、上述の劇場版『ONE PIECE STAMPEDE』の主題歌になった「GONG」は一旦インタラクティブな要素を排除した応援歌。そして象徴的なのが“弱いまま強くなれ”という歌詞と、ピアノやストリングスで彩られたスローナンバーの「りんどう」。

 

メジャーデビューアルバムからさらに遡って2016年、WANIMAの故郷である熊本で地震が起こった。それからというものWANIMAの楽曲は復興と紐付けられ、WANIMAもそれを引き受けた。熊本の県花であるリンドウの名前がつけられたこの楽曲も引き受けた結果生まれた楽曲だ。

 

群れて咲かずに一本一本咲くリンドウになぞらえ、“どこにいても枯れないように”と願いを込めたこの曲は、引き受けたWANIMAにしか作れない曲だ。

 

なにより「りんどう」というタイトルが素晴らしい。

リンドウの花言葉は「悲しんでいるあなたを愛する」

この世でもっとも美しい3人組だ。

 

『the ERA』ravenknee

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2019年が終わり、それは同時に2010年代という10年が終わったことも意味する。音楽はなぜか昔から10年刻みでトレンドを総括する風潮があり、これから数年間を使って、2010年代がなにを生み、なにを残したのか検証されるのだろう。

 

僕が思う2010年代は、日本固有の音の構築だった。今回の10枚にも選んだNulbarichやSEKAI NO OWARI、それにサカナクションくるり、これらのバンドはひとつひとつの音を、メロディを分解し、日本人にしかできない音楽を模索していた。ロックを欧米から輸入したジャンルではなく、まるで日本で生まれ日本で育ったようなジャンルにすること。もっとも近づいたのは、くるりが2014年にリリースした「THE PIER」だったと思う。

 

2020年代になった今、この流れを汲む最新型のバンドがravenkneeだ。結成してわずか2年で完成させたアルバム『the ERA』は、憧れていたというレディオヘッドサウンドを踏襲しつつ、日本のポップミュージックが持つ叙情性も融合した唯一無二のサウンドに仕上がっている。

 

音楽を構成するアイディアも素晴らしい。3曲目の「Pick you up」ではビートを意識したオーソドックスなメロディから一転、サビになるとボーカルは歌うのをやめ、逆にギターやシンセサイザーが主役になる。サビに歌詞がないだけならスピッツの「水色の街」とかいろいろな例はあるが、そもそもの主役が瞬く間に変わるのはさすがになかなか見ない。

 

ravenkneeがこの国になにを残すのかは誰にも分からない。明日の夢をバンドに重ね、潰えたことなんて今まで何回もあった。でも期待感はある。Twitterのフォロワー数はまだ1600、Wikipediaのページもまだできてない。そんなバンドに次の10年を託すのも、まぁ面白そうじゃない?