Vaundy「replica」を聞いた。すごかった

<版画はどこか印刷くさい、僕の板画はもっと生身のものです>

 

版画家、もとい板画家の棟方志功は生前語ったという。同じ絵を何枚もコピーできる版画ではない。自身が彫り上げたオリジナルの人物像に矜持を持っていたのだろう。手法はコピーする版画と同じでも、思想はまったく違ったのだ。

 

Vaundyがアルバムをリリースした。
前作『strobo』から3年半ぶり。長い時間をかけて作られたこの作品は、全35曲、2時間超という超大作になった。

素晴らしかった。とにかく素晴らしい。
メロウだけど情熱的。映画のような物語とVaundy自身のドキュメンタリーが同時に描かれる未知の体験。文字にならない歌詞を叫ぶ狂乱とスケールの大きさ。壮大な世界の中でも、ふと「なぁ今日の調子はどう?」と語りかけてくるリアリティ。それでいてめっちゃスカしてて、等身大の若者が作っていることもすぐに分かる。

 

音楽を評するときによく使う褒め言葉をどれだけ使っても足りないくらい、圧倒的なポップの世界が2時間続く。
だけど使えない褒め言葉もある。「革新的」とか、「まったく新しい音楽」とか、そのあたり。

 

このアルバムに収録された35曲は、特別なことは何もしていない。むしろその逆。
ニルヴァーナ、ブラー、オアシス、ビートルズレディオヘッド…これまでに生まれたたくさんの音楽に影響さされたことがよく分かる。というか、影響された事実からまったく逃げていない。


本人も#3「美電球」はゆらゆら帝国、#8「宮」は細野晴臣、#11「NEO JAPAN」はブッダブランド、そして#15「replica」はデビッド・ボウイを意識したと明言している。
これ以外にも#6「情熱」はサカナクションだし、#10「逆光」は最初に歌ったAdoのザラザラとした肌触りを残しながら自分のものに変換している。

 


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世界中の音楽から影響を受けたことをコンプレックスとして隠さず、それどころか飲み込んで、噛み砕いて、自分の音楽にして吐き出した。オリジナリティに囚われていたこの国から、このアルバムが生まれたことが、どれだけすごいことか。

 

手法は地続きの同じものでも、思想はまったく違う。だからVaundyは(おそらく矜持を持って)、このアルバムに模倣の意味を持つ「replica」と名付けたのだ。

 

3年前、僕はVaundyのことを「米津玄師に続く破格の才能だと思う」と言った。今は確信を持って「米津玄師に続く破格の才能だ」と断言できる。 振り返ると2010年から2020年は、米津玄師の10年だった。もしかしたら今は、Vaundyの10年に踏み込んでいるのかもしれない。